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コードギアスSS「伝説が生まれた日」(ロイセシ)

※わたしとしては十分ロイセシのつもりなのですが、ロイドさんが酷い男です。それでも良いという方だけお読みください。2007年09月ごろ書いたもの。


 セシル・クルーミーの頭の中には意図した策略もなければ、打算も計算もなかった。
つまることを言ってしまうと、この特別派遣嚮導技術部の現場での一応の上司であるロイド・アスブルンド少佐の本質すら頭に浮かんでいなかった、という点がセシルの屈辱の原因だったのであろう。

その日、セシルはいつものように、にこやかーにロイドに近づき、薄桃色のナプキンを取り出して、

「これ、わたしが作ったんです。お1ついかがですか?」

と言って小ぶりのブルーベリータルトを勧めた。

「良いブルーベリーがたくさん手に入っちゃたものだから、作ってみたんですよ」
と続けて言うと、へんてこな鼻歌を歌いながらパソコンをいじっていたロイドは顔もあげずに言った。

「いい」

この『いい』は、もちろん「いいですねぇ。大変よろしいですよ。もちろんいただきますよ!」という意味ではないことはハッキリとキッパリとセシルには伝わった。

「タルト、嫌いでしたっけ?それともブルーベリーが?」
「タルトもブルーベリーも嫌いじゃないけど、君が作ったのならいらないよ」

この台詞でムッと、こないようなエーゲ海より心の広い女性はほとんどいたりはしまい。ましてロイドは未だにパソコンのディスプレイに夢中になっているのだ。
セシルもきた。カチーンと耳の奥の何かが凍りついた音が聞こえた。

「そうですか。タルトでもブルーベリーでもなくわたしが嫌いですか」
「そんなこと、僕は言っていないってば」
「じゃあどうしてわたしの手作りのタルトを食べたくないと?」

冷えに冷え切った絶対零度のセシルの言葉と背後に背負うおどろおどろしいオーラにも顔色一つ変えずに、――というか気づいていないように見えるロイドは「しかたがないなぁ」と、これまた払っても払ってもまとわりつく虫を本格的に退治する気になった人間のような面倒くさそうな声を出すものだから、セシル・クルーミー自称・17歳の笑顔の下の見えにくいところに下げられた右手の拳の血管が縦横無尽に皮膚の上へと這い廻らせることになる。怖い。

「まず、そのピンクのナプキン。まるで女子学生が片思い中の男の子に手作りのお菓子を持ってきたように見える」
「これは家にたまたまこれしかなかったから……」

趣旨のわからないロイドの指摘に、不可解な表情を浮かべるセシル。

「次に、ブルベリー。以前、僕がブルベリープリン食べたときに『ブルーベリーはいいものじゃないと美味しくないよね。特に――のとかさぁ』ってことを言った」
「それは、たしかにその産地のブルベリーを使ってますけど。あなたがそんなことを言った記憶は今まで忘れてましたし」
「三つ目。僕は昨日、タルトを食べたいって言った」
「そうですね。あなたがそう言ったからわたしもタルトでも作るか、という気になったんです」
「四つ目。手作りのお菓子。なんで君は手作りのお菓子なんか作ったの?」
「だからブルーベリーが……」
「でもさぁ。お菓子って料理と違って食べなくても生きていけるじゃない。やっぱり何か特別な目的がないとあまり作るものじゃないじゃない。君は特にお菓子作りが趣味なわけじゃないでしょう?」
「はい……。でも、意味もなく突然作りたくなるときだってあるでしょう」
「うん。そういう場合もあるよね。だけどお菓子作りの目的として、一般的にもっとも多いのが子供か、お客さんか、……好きな人に食べてもらうためでしょう」

どくんっと心臓が一拍高鳴った。
セシルは自分の心臓に言い聞かせるように呼吸を押さえる。

「関係ありませんよ」

ようやく切り替えした返事は、自分の耳にも変わらぬ音量に聞こえたのに、力ない子供のうめき声のように感じられた。


――――好きです。


―――――――好きなんです。


――好き。


あの日こぼれ出して、ひたすら同じことしか言えなかった言葉は、砂糖菓子よりもきっと脆くて軽い。

「わかってるよ。君はそこいらの脳みその足らない喧しいだけの女じゃないってことぐらい」

いつの間にかセシルは過去の情景に思いを馳せていた。
セシルのことを心配しているのか、ふて腐れているのか、ロイドの表情はいつもの馬鹿にしたヘラヘラした顔はしていない。

「でもさぁ。手作りのお菓子だよ?自分ではそんなつもりなくったって、食べてくれたら君はきっと嬉しいと思うはずだ。そうしてその小さな喜びは君の心を捕らえる楔の1つとなる」

ぎりぎり、とセシルの手に爪が食い込む。

「君の気持ちがいつまでたっても断てないのは、お互いにいいことじゃないでしょう」

そこには見下げた気持ちも、憐れみもない。何もなかったからこそ、セシルにとってこれ以上ないほど馬鹿にした屈辱的な一言だったのだ。
はっきり言おう。セシルがそのとき、ロイドをぶん殴って蹴っ飛ばして踏みつけたりしなかったのは奇跡と言ってもいい。

次の日。

ロイドの眼前には前日のようににこやかーに微笑むセシルがいた。
まるで昨日のやりとりがなかったことにされて、もう1度やり直しがはじまったかのようだ。

「どうぞ」

と、勧める手もやはり同じだ。
ただ、中身は……中身は――。

おにぎりだった。

「ブルーベリーがたくさんあまっていると、わたし言いましたよね」

にこにこ。

「しかも、お菓子ではなく食事としての料理なら日常的にあまりますし、おにぎりは同僚に差し入れをしてもおかしくはありませよね」

にこにこにこにこ。

「ついでに初めて挑戦してみた料理なんですよ。あぁ、女性は好きな相手に初めて作った料理を出したりしませんよね。実験料理はむしろどうでもいい相手に毒見させるものですから」

にこにこにこにこにこ。

「えーっと、もしかしてこれの中身って……」
「好きですよね」
「うん」
「じゃあ食べてください」
「嫌だよ」
「どうしてですか」

「ブルーベリーの入ったおにぎりなんて食べられるわけないじゃない」

言った後、ちろりとセシルの顔を伺うと、彼女は笑っていた。
今日、ロイドと会ってから微塵も変わらない笑顔なのに、なぜかロイドは寒気がした。

セシルの作ったブルーベリーのおにぎりは、この後スザクの元に届けられる事になる。

「ブルーベリーのタルト食べたかったな」

あのタルトもスザクの胃の中に入ったのなら、ブルーベリーのおにぎりを食べさせられるのも当然のペナルティーな気がする。
ロイドはセシルがブルーベリーのおにぎりをつくったときの気持ちを考えてみた。

きっと僕が食べたくても食べられなかったブルーベリータルトと、食べられるために作られたわけではないブルーベリーのおにぎりは、僕が食べなかったという行為で彼女にとって同じレベルに成り下がったんだろうなぁ。

ロイドは少しだけ寂しくなった。
好きなものをたいした価値もないと否定されるのは凄く悲しい。

悲しいと思いながら、セシルの自分への「好き」という気持ちを否定して捨てることを強要した自分に気付いたとき、ロイドは部屋の隅っこで膝を抱えて、

「ブルーベリーのタルト食べればよかったかな」

と、ふて腐れながら呟いていた。

ロイドにはこの後、永遠の17歳の乙女心を踏みつけた制裁が、本人によって日常的にもたらされることになるのだがまだ知るよしもない。

―完―

セシルさんのブルーベリーおにぎり事件の後、ロイドさんへの暴力が始まった気がしたのですが、違いましたっけ?(うろ覚え)
だからきっとその時期にセシルさんは失恋したと思っているのですが。
だってロイドさんに対するセシルさんの言動や行動はどう見ても1度失恋した恨みがあるとしか思えません。
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